序章一


荒野と森が入り交じる“ハーム大陸”。
大陸と言ってもこの星で五番目の広さでしかないこの大陸は、文化も他の大陸より幾分か遅れており
最大の大陸“ダガルル大陸”とは年にして十数年の遅れが見られる。
とはいうものの、武器や移動手段などでは差ははっきりと見られるが、そのほかの建物や国家体制などはさして変わらない。
荒野には、昼には獰猛な“千獣(サウザニースト)”が名の通り千匹もの大群を成してはばかっており
夜には狡猾な“戯探獣(ジェックラング)”が通りかかる人間をまるでおもちゃのように幻術をかけ、人々を陥れようと待ちかまえている。
ハーム大陸を治めるのは“ヴォン・バグリジア王”であり、国名はない。大陸こそが国であり、大陸の中に二つ以上の国があることはないのである。
ハーム大陸のほぼ中心部にある“ヴァンビレッジ”は全方角を荒野に囲まれており
害獣を防ぐために五メートル以上もの木柵が幾百もの杭によって作られている。
ヴァンビレッジ北門は王都“カムウェッジ”へと通じる道があるために市場が開かれており
門付近はヴァンビレッジの中で最も活気のある場所と言っても過言ではない。
北門は旅人が最も活用する門であり、行商に出かける者、それを護衛する者、見聞を広めるために旅する者など、無数の人々があふれかえっている。
レイン・ヴォーレンもその一人だった。
紫外線から守るためにある色素をまるで無視したような銀髪、トパーズをそのまま埋め込んだかのような濃い、それでいて透き通るような黄色の瞳。
口元は髪と同じ色をした銀のマフラーで覆われている。
胴部は地は青で、枠を黄色で縁取った簡単な布製の物で腰には六個ほどのポケットの付いた革のベルトが巻かれており
いくつかからジャラジャラと何か金属の音がする。
腰から下はこれまた銀のマントをまとっていて、膝から下からわずかに銀のブーツが見え隠れしている。
どう見ても“旅人”の雰囲気を醸し出していた。
レインは銀の籠手の付いた右腕を動かし、ベルトのポケットからガイドブックくらいの大きさの小さな紙切れを取り出した。
そこにはハーム大陸の大体の見取り図が描かれていて、レインの指先がたどった先には“ヴァンビレッジ”と書かれていた。
「ここ……でいい……はずだ」
北門の外に刺さっている案内板に書かれている“VAN VILLAGE”の文字と地図に書かれている文字とを交互に見比べ、ここが目的地だと確認した。
北門から中へはいると村の外の静けさが一気に吹き飛び、市場の喧騒が聞こえてきた。
「オラ! 五十ビターでどうだい?」
「高い! もう一声!」
「カムウェッジまで護衛を頼むよ」
「んだぁ!? てめぇもっぺんいってみろや!」
「すいませーん。通らせてくださーい」
レインは想像していたより少しだけ上回った騒々しさに少しだけ驚きつつも村へと足を進めた。
とりあえずは宿を探そう。仕事を探すのはそれからで良い。
そう考えながら曲がりくねった市場の道を適当に歩き、宿を探し始めた。
適当に歩いているのは、ハーム大陸のおおざっぱな地図は持っているがヴァンビレッジの細部まで書かれた地図を持っていないためである。
迷うことが分かっていても進むしかなかった。
金があれば市場で、十五ビターあれば上等な、十ビターあれば通常の地図が買えなくもないがいかんせん
その金を、一晩泊まれるか泊まれないかギリギリの分しか持っていないのである。
迷ったとしてもその後に宿へとたどり着ければそれは結果オーライという奴だ。
が、案の定道に迷った。
別にレインが方向音痴というわけでもないが、ヴァンビレッジは小さな村がカムウェッジのおかげで交易が盛んになり
少しずつ建物が建て増しされていった為、意識しないままに迷路とかしてしまったのである。
そのためヴァンビレッジに訪れる者はまず市場で地図を買うことが常識となっているのだ。
しかし、すでに迷ってしまっているレインにはそんな常識はどうでもよかった。ただ、無事に宿屋にたどり着ければそれでよいのだから。
ヴァンビレッジは“モロ”という特別なドロを使って造られた土製の建物が無数に、まさにアトランダムに配置されている。
通常の道の起伏が激しく、急激に上る階段もあれば、飛び降りる形しかとれないような段差。
なにより建物の形がほぼ一緒なため、道という道がまるで同じに見えるのである。
地図がなければ地元の住民でさえすらすらと目的の場所に迎えないのである。
地図さえ買えない貧乏な旅人が、自分なら大丈夫だろう、と意気揚々にやってきて迷った挙げ句にそこらの住宅に押しかけ
「道を教えて欲しい」と訪ねる人が後を絶たないため、人々が作った職業が“案内人”である。
文字通り入り組んだ道を案内するわけだが、れっきとした職業ではない。地元付近をくまなく知り尽くし
地図無しでもすらすらと目的地へ向かうことの出来る者が名乗りを上げ
常に自分の“領土”を見回り、住民に世話を焼かせるような旅人を見つけては目的地を聞き、そこへ案内するわけだ。
その“案内人”が今レインの目の前にいる。
フラフラと歩いていたレインの前にいきなり現れ、レインを見るや否やに「案内してやる。住民に世話を焼かせるな」と言い出したのである。
案内人の老人は「付いてこい」と言うかのようなジェスチャーをしながら反対側に向き直り、すたすたと歩き出した。
他人の世話になるのはまっぴらなレインだったが、背に腹は代えられず、仕方なしに付いていくことにした。
十分も歩いただろうか。
小さな曲がり角を曲がった先に“←INN 泥と迷人の救謝亭(きゅうしゃてい)”と書かれた木製の看板を見つけた。
泥で作られた建物が囲んでいるせいか、木造に見られる独特な凸凹や雰囲気は周りより浮いてみられた。
「ここだ。じゃあな」
そう短く告げると案内人は消えていった。
無論、レインが案内しろと願ったわけでもなく、知り合いでもなかったので礼も挨拶もしなかった。
木造看板を数秒見下ろした後今度は建物へ目線を向ける。木造はやはり浮いて見えた。


  受付でとりあえず一泊分の代金を支払ったレインは一番隅っこに位置する部屋に案内された。
この案内人が酷く愛想が悪く、荷物を客に持たせたり、どう考えても必要のない物を高値で売りつけようとしたり、レインの気力が残っていたなら
この男はヴァンビレッジから村の外へここから吹き飛ばされていただろう。
そして、どう見てもこの宿には客が来ているようには見えなかったのでもっと入り口に近い部屋でも良かったのでは?
と少し考えたレインだったが、すぐにどうでも良くなり寝ることにした。
腰の銀のマントを取り、近くにあった椅子へと放り投げ、ついでにベルトも外しマントの上へと放り投げる。
次に両腕の銀の籠手を少し手間取りながらも取り外し、胴着に手を掛けたところで、上着を脱ぐ必要は……ない……か。
と思い直し、銀の籠手のみをベルトとマントのところへ放り投げる。が、勢い余って籠手が椅子からガタッと音を立てて落ちた。
「……」
それを無言で拾おうとしたそのときだった。
天地がひっくり返るような強いめまいに襲われた。
籠手を拾おうとした右手をあわてて凸凹した床に付き体が倒れないように必死でこらえる。
だが、いくらこらえようともめまいが収まる気配はない。
右手に少し力を込め床を強く押した。
その反動で体を立てると、そのまま左隣にあったベッドへと倒れ込んだ。
ちょうど顔を枕に埋める形になり、外気で冷えた枕は少し火照った顔を冷やし、心地よかった。
そしてそのまま、レインは深い眠りへと就いた。


  序章2

ここ数年で交易が盛んになり、村、と呼ぶにはいささか抵抗が出てきたヴァンビレッジ。
その西門から十数分、入り組んだ道を突き進むと小さな小屋がある。
その小屋はただあるだけで、そこに人が住むだとか、物置になっているだとか、そういったことはない。
ただ、その中には数十個の土嚢が積み上げられている。ただそれだけの小屋である。
だが、知る人にとってはその小屋は“ただそれだけの小屋”ではない。
そこにはある秘密があった。

土嚢が高く積み上げられているその小屋に、二つの影が忍び寄った。
片方が入り口で通りを警戒するように首を左右にひねらせ、もう片方が土嚢の傍まで歩み寄った。
「オイ。早くしろよ」
「分かってる。そう急かすな」
 短いやりとりの後、」土嚢の傍にいた男が、
「右四、左二つ目……右五つ目……」
と、ぶつぶつ呟きながら土嚢を慎重に順番にどかしていく。
二十個も動かしただろうか。
一部分の土嚢が無くなり地面がむき出しになった。
むき出しになったところに、何か取っ手のような物が見えた。
「よし。終わったぞ。早く来い」
左手で見張っていた男を手招きし、右手で取っ手を上に引き上げた。
「よっ!」
小さいかけ声と共に男の腕に力が込められる。
泥と泥とがくっつき、最初は動くのを拒んでいたが、男の力の前に観念しおとなしく宙へ持ち上げられた。
ふたが開き、その中には鉄で作られたはしごが見える。
男達は順番にそのはしごに掴まりながら中へと入ってゆく。
最初にはいったのは見張りをしていた方だった。
その男の目に入ってきたのは古代ローマのコロッセオを彷彿させるすり鉢状に作られた観客席と、その中心にある丸い土台のような物である。
その土台の上には大きな影と小さな影が見えた。
「スタッ!」
スタートと言ったつもりなのだろうその言葉は、気合いが入りすぎて短くはしょられる。
その声は土台の脇から聞こえてきたようだ。
声の主はぼろ切れの緑色をした布にくるまっていた。
その男の声を合図に大きな影と小さな影が一斉に動いた。
大きな影が小さい影に覆い被さるように飛びかかるが、小さい影が長い棒を取り出した、と思った瞬間、大きな影は宙を舞った。
そのまま舞って舞って舞って最後に、入ってきたばかりの二人の男の前に落ちた。
「やれやれ。まぁたロゼの一人勝ちか。レート低すぎだって」
先程通りを見張っていた男がぼやいた。
「まぁ、ロゼが来てからこの賭博場が賑やかになってきたんだ。そう邪険には扱えんよ」
「いやぁ、俺はロゼを否定してるんじゃなくて、一人勝ちすぎるってのも面白くないもんだ、って思ってよ」
「まあな。ライバルの一人でも現れてくれれば大盛り上がりなのにな」
そう言って男は肩をすくめた。

 ロゼ・カイント・アングーシェ。
それが彼の名前。
数ヶ月前、誰から聞いたのか、ふらっとこの賭博場に現れ、ふらっと優勝を持って行ってしまった男である。
容姿は人によっては少し暑苦しさを感じるかも知れない熱血漢丸出しのような顔
クッション材となる“ポパの木”から剥ぎ取ったポパの木の皮を布で包み、額に巻いている。
その額当てに押さえつけられるかのように赤髪がかった黒髪は前へ倒れることを制限されたので、上へ伸びる。
それでもわずかに、長い髪が額当てを乗り越え二、三本眼前へ垂れてきている。
「あーチクショぉ。どいつもこいつも弱いってぇ。もォっとこの俺を追いつめさせるよォな奴ぁいねぇのかぁ?」
先程の戦いを終え、選手控え室に戻ったロゼは控えていた他の戦士達の前で愚痴をこぼしていた。
仮にもこの闘技場で最強なのだが、その態度には許せないものがあったのか、十数人がロゼを、円を描くように取り囲んだ。
「聞き捨てならねぇな。てめぇ、何様だ?」
取り囲んだ男の中でわずかに雰囲気の違う男がいた。
その者がリーダーなのであろう。
その男が今の言葉を言い終わるか否やの出来事であった。
リーダー格らしき男以外は次の瞬間に反対側の壁へと吹っ飛ばされたのである。
リーダー格をのぞき、一人余ることなくモロ造りの壁へと容赦なくたたき込まれた。
そしてロゼは自分を親指で指しつつ一言、
「俺ぁ“俺様”だ!」
そう吐き捨てると控え室から去っていった。


   ロゼはヴァンビレッジ北門付近の市場をあてもなくフラフラとさまよっていた。
ただ、その様子は見るからにイライラしていてロゼを知るものならば声を掛けることはおろか、視線を合わせようとする者まで居ない。
「くっそがぁ! どォいつもこォいつもなんなんだよォ!
弱えぇくせに悪口言われると一人で勝てねぇからって集団で来やがって!
挙げ句の果てに全員瞬殺だぁ!?
雑魚なら雑魚らしく維持の一つでも見せたらどォなんだよォ!」
独り言もここまで堂々と大声あげればもはや演説と化す。
この独り言を聞いていた住民達はロゼと運悪く目が合ってしまうと、ただ『ロゼの意見に否定などしない!
だから私に絡むのは止めてくれ!』と言わんばかりに、必死にうなずくだけだった。
どれ程彷徨っただろうか。
気が付けば太陽が傾き、茜色の光が空を覆い、千獣から戯探獣へと主導権の交代が荒野のあちらこちらでされているだろう。
ふと、ロゼが目の前の建物に気が付いた。
ヴァンビレッジでは珍しい木造の“←INN 泥と迷人の救謝亭”と書かれた看板があり、この看板が宣伝すべき建物には客が来てるようにはいまいち見えない。
「ここぁ確かベナンの奴が働いてたか? あいつぁ俺ン前でも礼儀のカスもしらねぇようだったし、今頃追い出されてるかもなぁ」
そう言うとロゼは思い出し笑いでもしたかのように口元を抑え、だが声は遠慮無しに笑った。
ひとしきり笑った後、今後を考え始めた。
このまま外で寝泊まりか、一度家に帰るか、である。
凶暴なロゼとて天涯孤独ではない。
荒野で両親を失ったものの、たった一人の双子の妹が居、今でも我が家で家事をしているはずである。
ロゼの稼いだ賞金は、ロゼが生活出来る必要最低限の食費等だけ抜き取り、後は妹の生活資金に回している。
妹が望んだわけでもなく、両親の遺言でもない。
ロゼの意志。
ただ一人の肉親を生活させるための、ロゼの持つ一握りの良心を振り絞っての行動だった。
「うしっ。今ォ日はここで寝るとすっかな」
ロゼはそう決めると木造看板を横切り、この辺りでは本当に珍しい木造建築の建物へ入っていった。
まず足下に一畳程度の広さの靴脱ぎ場があった。
そして左に目を向けると靴箱らしきものがあったので、そこへ靴を入れる。 
そのまま百八十度振り返ると受付があるのが分かった。
ただ、本来受付の人間が持ち場に待機し、客を案内すべきなのだが、カーテンが閉まっているようなのでどうやら居ないらしい。
受付を大声で呼び出し、来るまで待っても良いのだが、ロゼは生憎と短気だった。
「ベナーン。入っぞォ」という遠慮の欠片もない、挨拶とも呼べない声の後、無遠慮に奥へと入っていった。
ベナンが居るからこそ、この名前を呼んでいるわけで、実はベナンがすでに首になってしまっていたら……。
などと言うことも十分あり得る。
だが『自分最強!』と思っているロゼにとって恐いものはない。
反発するのなら消すまでだ。
ただそれだけのこと。無敗の自分にかなう奴など居ない。
それは名声的には最高なものだったがロゼにしては面白くない。
無敗=張り合いがない、なのだから。
人気のまるでない宿を何の迷い無しに歩き回っていると気付けば隅まで来ていた。
ルームメイクでもしているのかと思い、これまでの部屋を全部開けて回ったが一つの人影も見ることは出来なかった。
「寂れてんなぁォイ」
あまりにも寂しすぎる宿を見て思わずぼそっと漏らしてしまった。
「さ、て。最後の部屋だな。ンまぁ、ここまで見事に誰もいなきゃここにいるわけがねぇんだけどな。開けてみることに越したことはねぇか」
そう言ってロゼは部屋の取っ手に手を伸ばす。
取っ手を掴み、少しゆがんだ扉を無理矢理開けるように少し力を込め、引――
「ちょ、ちょっと! なにやってんのよ!」
ロゼの行動は一つの高い声に遮られた。
「ンあ?」
取っ手から手を放し声のした方をうざったそうに見る。
ロゼにしてみれば弱者に意見されるのは我慢出来ないのである。
今ロゼを止めたのは明らかに女の声。
女でロゼより強いはずがない、と思っていた。
「勝手に」
そう言いながら女はすでにロゼの懐にいた。
「入って」
懐で半回転。ロゼに背を見せる形になる。
「挙げ句に」
ロゼの右腕、二の腕付近を掴んだ。
「お客様に」
大きく一歩踏みだし、
「迷惑ですってぇ!?」
投げた。この間五秒。
あまりの早業に無敗のロゼともあろうものが何も出来ないまま投げ飛ばされた。
否。
ロゼの脳は完全に、女の行動に対し対処する命令を電気信号にして送っていた。
体が脳の命令を拒否した。
「て、てンめぇ!」 
はいつくばった状態から右拳をつき、立ち上がろうとする――が、右手は肘から力なく砕けるように倒れた。
本当にガクッと力が抜けた為、ロゼは床に顎をぶつけることとなった。
ロゼは頭に不快感を覚えた。
勿論、顎をぶつけたからでも投げられたからでもない。これは
「め……まい……だとォ?」
その言葉を最後にロゼは完全に沈黙した。
ロゼを投げ飛ばした女性“ティル・グリブ”は怪訝な顔をした。
ロゼの顔をよく知っていたからである。
無敗のロゼが自分になすすべ無く投げ飛ばされ、さらにそれきり動かなくなったからである。
「ちょ、どうしちゃったのよ」
ティルは動揺しかできなかった。


  序章3


翌日。
ヴァンビレッジ格門では大騒動が起きていた。
人のざわめきと怒号とが混ざり合い、耳をつんざく騒音としかとれなかった。
「号外〜! 号外〜!」という声と共に、その声の主が紙切れをそこら中に散らし回っていた。その内容は
【ヴォン・バグリジア王崩御! 反政府の暗殺か!? 王子“ジルビス・バグリジア”病に伏せる!】
であった。ヴォン・バグリジアは他大陸まで名を轟かせる歴代最強と謳われた名将で、とある小さな村に攻め入った千獣の群れを一人でなぎ倒した
などとあげればキリがないほどだが、兎に角強かった。
そのヴォン・バグリジアが暗殺など耳を疑う者が大半であった。
さらには王子ジルビス・バグリジアまでもが倒れ、現在の政府は壊滅状態と言っていい。
今他の大陸に攻め込まれたら何の抵抗のすべもなく投降するほか無いだろう。
そのため、政府は一つの御触書を大陸中に出した。

【          来たれ名将! 愛する祖国を救え! 
   諸君は知っていると思うが、我が国は現在王も王子も政治を行う状況にない。
そのため我々は諸君の中から知謀優れた名将を募ることにした。
王子が復帰するまで持ちこたえるのだ! 耐えきったあかつきには莫大な恩賞を授けよう!
                                  ハーム大陸 参謀K・ラボン】

要は参謀であるK・ラボンは国を治めるだけの器ではない。
責任をとれないから誰か助けてくれ、と言うことなのだが、国民は思ったより事を重く受け止めた。
国家崩壊などという事を口にする者まで現れたのである。

街や村という村で騒動が起きている中、王都“カムウェッジ”ではさらに騒ぎが広まっていた。
参謀が行ったことは混乱を広めることにしかならず、挙げ句参謀は逃走。消息は不明である。
王を失った政府は現在では最高責任者に値する国防近衛隊総軍隊長“ハザン・ジラ”が指揮を執り
会議室でありとあらゆる事態を想定し、対処する為の会議が行われていた。
「いいか? ラボンの失策により国民の不安は高まるばかりだ。
その不安を解消する為には、国家崩壊などあり得ない、と言う安心感を与えることが最優先であり
我々が全力を持って崩壊など起こらぬように対処せねばならない」
一息ついて、
「恐らくラボンの御触書を読んだ志願者が大勢来るだろう。
彼らは国家の危機に立ち向かおうとする勇敢な者達だ。
無下に扱うことは出来ない。
だが我らのように訓練を受けていない彼らに大した成果など期待出来はしない。
そこで、彼らには街という街、村という村に直接向かって貰い、その策によって鎮圧するよう呼びかけるのだ!」
一気にまくし立てた為喉が渇いたハザンは手元にあったコップを掴むと、一口で飲み干した。
外見からして身長二m弱ある彼にとって凡庸のコップはとっくり程度である。
そして、
「だが、わずか数人程度本当に使える者が出てくるかも知れん。その時は御触書通り参謀として迎え――」
「その必要はない」
ハザンの言葉は途中で遮られる。
いつもならその声に負けない大声なので遮られる、などと言うことはないのだが、その声の主がすでに眼前に現れている為、遮らざるを得なかったのである。
その主は
「ジルビス王子!? お体は!?」
蒼白な顔、細い猫っ毛の青髪は、艶を出し、気品を感じさせた。
父親の遺伝をあまり継がなかったのだろうか、その体はやけに細くすらっとしていた。
だが、細い手足に筋肉がぎっしりとつまっており、その体からは見当も付かない力を発揮する。
「我……の……カラダは……心配せずとも……良い」
その言葉とは裏腹に壁に全身を預けなければ立っているのもままならない。
だが、彼は父親の敵という復讐心と、尊敬する父親から継いだ国を崩壊させるわけにはいかない、と言う責任感から病ごときで伏せて居る訳にはいかなかった。
その足は震え、壁にもたれる体も震え、支える手さえも震えている。
それでもなお、ジルビスは倒れなかった。
気力のみで立っているのである。
その光景に会議室にいた者達は全員、敬礼した。
プライドの高い者は心の中だけであったが、それでも歳が二十以上も離れている少年に敬礼したのである。

  世代は親から子へと受け継がれる。
ハーム大陸もまた、例外ではない。
時は確実に動いている。



えんいー